久保建英退団とバルサへの処分理由で浮かぶFIFA体制の問題点とは?!

2015年4月、バルセロナ、日本サッカー界の至宝、久保建英がFCバルセロナを退団することとなった。退団の理由とそのきっかけとなったFIFAのバルサへの処分を調べる内にFIFAの体制とその問題点が浮かび上がってきた。

久保建英がバルセロナと出会ったきっかけ

バルセロナは世界各国にサッカースクールを経営している。日本も同様にバルセロナのサッカースクールがあり、学生の休暇を用いてキャンプを催している。2000年代ロナウジーニョなどの活躍で人気を博したクラブの育成キャンプであったため、かなりの人が参加した。その中の一人が久保建英だった。小学2年生でありながらボールタッチやインテリジェンスの部分に比類なき才能を持ち合わせおり、結果としてそのキャンプの優秀選手に選ばれた。バルセロナのキャンプのMVPはバルセロナサッカースクールの選手達とともに海外の大会に出場できる資格が与えられる。ベルギーに開催されたソグデソ・ヨーロピアン・ルーサスカップに参加し、そこでもまた大会のMVPに輝く。バルセロナは久保建英の才能を評価し下部組織(ラマシア)に入団させることとなった。

バルサをFIFA取り決めの違反を理由に退団

2014年移籍市場における18歳以下の外国人選手の獲得を原則禁止とするFIFAの取り決めがあり、FCバルセロナはそれに違反したとしFIFAより処分が下った。
サッカービジネスはビッグマネーを動かせるとして、FIFA非公認の代理人が移籍市場に溢れ返ることなり、海外でサッカー選手としてスターを目指す子供たち、特にアフリカの幼い、若い選手をクラブへ仲介する者が増えていった。倫理観のないままに移籍市場への投入だけを目的としていたため、大きなトラブルを抱えるクラブや選手が後を立たなくなってしまった。

こういった背景もあったのか、近年若い選手の獲得に関してのFIFAの取り締まりが厳しくなっていき、その影響を受け久保建英をはじめとするバルセロナの18歳以下の外国人選手は帰国退団を余儀なくされた。ちなみにその後FIFAは代理人トラブルに対する干渉、介入を放棄するかのごとく「FIFA公認の代理人制度」自体をなくしてしまった。それほど若い選手の移籍は問題を抱えており、華々しいサッカー界の裏の顔となってしまっている。

久保に関しては、クラブが語学勉学までをカバーするほどのしっかりとした待遇・管理をしており、親族もスペインへ帯同していることから指摘されるような問題はないと思われる。当然バルセロナサポーターや日本で活躍を楽しみにしているファンからはFIFAに対する不満が溢れている。何か他の理由があるのではないかと憶測が飛び交う程であった強引で表面的な部分しか見ていないFIFAの対応からは、内部の体制にも問題があるとも考えられる。若い選手の未来を決めることでもあるので、明文化されたものの違反性だけでなく、入団後の管理や待遇が適切なものであるかを視察から判断しその上で処分を取り決めるなど、慎重に考慮された処分を行うべきではないだろうか。

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日本帰国後の順調なキャリアに安堵

日本に帰国することとなった久保建英は活躍の場をFC東京に移す。15歳にしてFC東京のU-18選手として登録されており、2016年はU-16日本代表選手への選手を皮切りに、U-19日本代表選出。2017年の3月にはU-20日本代表候補に選出され、U-20ドイツ代表などと組まれた親善試合4試合に出場し2得点を挙げる活躍を見せた。シーズンオフの際には”スペインに戻り”、バルセロナのチーム練習に参加しているらしく、バルセロナと久保の関係性も途切れていないことには安堵できるが、体制と制度の今後の改良を必要とするだろう。

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